ファイナルファンタジーVI cefca...10
パラッツォ家の敷地は、その身分相応に広い。が、その多くを図書館に割り当てられているため、居住空間は意外と狭かった。
といっても、平民のそれよりは充分にある。
その二つの建物は背中合わせになっており、日当たりの良い南に館、北に図書館と門も分かれている。
南のほうにつけると、クルルルッとかわいく抵抗を見せるチョコボの頭を撫でて、手綱を柵にくくりつけた。
錆びつき始めた鉄扉をそっと押した。
ギギ、油のさしていない、嫌な音がする。
少し間を置き、胸の高まりと共にスルッと中に入ったケフカは目を見張った。
草は彼の背まで好き放題に伸びて玄関への小道を覆い隠し、
樹齢ある木々は、こなたは葉を有象無象に生い茂らせ、かなたは枯れてその身を地に臥している。
2階建ての堅実・堅牢な作りをした赤煉瓦の館は、その多くに蔦をまとわりつかせていた。
その隙間をダガーで切り開き内部を除くと人の気配はもちろんなく、カーテンも取り外され、薄汚れた様子で蜘蛛の巣がぶら下がっている。
ケフカは唇をかんだ。
どういうことなんだ、これは?!住む者がないからって本家であるこの館を長い間放置して良い訳、ないじゃないか!!
何をやっているんだ伯父上たちは!?
と、自分も今まで気にかけなかったことは棚に上げてぷんすかほおを憤慨しなから大股で玄関に近寄った。
そんなに外で見るほどひどくはなかったが、やはり埃はかなりの層を成しており足をつけるたびに渦を巻いて
蔦をかいくぐって射し込んできた陽光にきらきらと輝く。
ケフカはハンカチで口を抑えながら一つ一つドアを開けて、その部屋に漂うセピア色の思い出に浸った。
やんちゃしては父に叱られ、わがままを通そうとしては母に諭され、悪戯がバレてはメイドに追いかけられ……
変な事というのは、いやに記憶に残るんだな。
ケフカは一人クスクス笑って、そういえば、と首をめぐらせた。
いつか父の書斎に遊びに行こうとした時だった。
父は忙しい時は決して自分の仕事部屋に入れてくれなかったので、まずはご機嫌を伺おうとちょこっとドアを開けた。
難しい顔で顎に手をかけ、部屋の中を歩き回っていた。
なんかまずそうだなー、とケフカが首を引っ込め様とした時、父は或る本棚に手をかけて二・三冊抜き取ると、その棚のなかに手を突っ込んだ。
すると巨大な本棚の一角がクルンと半回転した。石の壁の筈であるその背中は真っ暗な空間になっているようだった。
「うわっ……」
息を呑んで慌てて口を塞ぐケフカの目の前で、先の見えない闇の中に背の高いがっしりとした体躯がかき消えると、
数秒の沈黙の後、再び本棚は何もなかったかのように
元に戻った。
ドキドキ……ぽん。
ケフカは手を打つとやおら母の部屋へとダッシュした。そして鏡脇きの裁縫箱を逆さにする。
「ん〜〜…っと!!」散らばる色とりどりの糸やら針やらの中からメジャーと重さのある鋏をつかみ出すと父の部屋に取って返す。
はかる、はかる、えっとこっちもっと。
かなりの差。
この事実にケフカは満足げにニッコリとした。
古いお話しに出てくる隠し部屋なるものが自分の家にもあったのだ!子どもの好奇心をくすぐるには充分な秘密の部屋。
やがて、父が皇帝に呼び出されている間(その時も確か、図書館でだったな、とケフカは吹き出した。)に忍び込む計画を実行に移したのである。
書斎は2階までの吹き抜けで、天井近くまである窓とドア以外、壁全体が巨大な本棚になっている。
もちろん、何千冊とある父の愛読書で、棚は全て埋め尽くされていた。
二階部分には廊下がついており、階段で行けるようになっている。一階一階が長い梯子を使わねば一番上の本が取れないほど高い。
さて、本を取ろう。と思ったが、父が背伸びをして取っていたのだ、幼いケフカに届こう筈がない。
机の椅子を引きずってきて乗るが、まだだめだ。梯子も重く長く、持ってくるには遠すぎる場所にあった。
しばらく考えた上、目にした中で一番分厚かった
「帝国の歴史」「世界の幻獣についての諸説」「フィガロ王国の文化〜生活様式とその特色〜」
という本を椅子に乗っけてやっと届く位置にきた。不安定にゆらゆらしたが、それは子ども持ち合わせの運動神経でバランスを取る。
よし、とケフカが棚に手をかけたその瞬間、掃除をするべく部屋に入って来たメイドに大ソプラノの3点Fを大音量で聞かされ、
そのまま後ろにぶったおれてしまったのである。
でかいたんこぶの上に、父からのお説教を浴びせられて三日の外出禁止命令を言い渡されたケフカは、内心舌をペロリ出していた。
懲りないのである。
だが結局、すべて失敗に終ってしまっていた。
行ってみよ。
埃積もる中、ケフカは幼い自分に戻ったかのような錯覚を覚えながら書斎へと小走りになる。
と、書斎のドアの前に積もっている埃に、なにかを引きずった跡があった。ずっと廊下のおくに続いている。
?
ドアを開けると、それは音の立てずするりと開いた。
驚いたことに中は綺麗に掃除されていた。
色あせもしていない深い紅ビロウドに素晴らしい花々がつつましげに刺繍されているカーテンが隙間から入ってくる微かな風になびいている。
天井の豪奢な細工を施したシャンデリアが床に下ろされていた。
しかし特に目を引いたのは、記憶の中ではぎゅうぎゅうに詰まっていたはずの書物が歯の抜けたように抜き取られている事だった。
さっきの跡を思い出してみる。あの奥は確か図書館への入り口があったはず。
親戚連中は、いや、研究所連中は、図書館のものだけでは飽き足らず、父の本まで漁っていったらしい。
隠し部屋は大丈夫だろうか。
なにか神聖なものを穢されてしまったような憤りを感じながら、荘厳なオークの大机を回りこみ、奥の本棚に向かう。
本棚の前。
突然幼き日の自分の幻が浮かんだ。
それは、父母の背中を見上げている自分だった。
ん?とケフカはコメカミを押さえた。こんなシーンは浮かぶはずはない。
記憶違い…だな。父の書斎に入っている母の姿をまず見たことがない。絶対だ。なにかの間違いだろう。
さてはあまり過去に脳を置いて来たせいで、他の世界の自分でも映してきたか。
くん、と背伸びし記憶の中にある本を探した。あった。まだ高い位置にある。手がかろうじて届く高さだった。父の背にはまだ届いてないらしい。
む。首をひねると目に付いたのは梯子。木の作りだが。足を掛け押してみる……まだまだ使える。
今度はらくらくと持てた。ふふ、とにんまりしつつ立て掛けて、本を抜き取る。
奥を探ると、手に冷たいものが触れた。一瞬手を引っ込めるが、そろそろと手を伸ばす。
金属だ。棒になっている。レバーか。倒そうとした。駄目だ。それなら、と奥にぐいっと押しこんでみた。
と、壁の内でかちっとなにかが填まる音がした。そして鎖がローラーで引っ張り上げられる金属音。キチキチキチ・・・・・・
突然、真横に静観していた本棚が記憶通りにくるっと回った。
中に淀んでいたらしい昔の匂いがする冷たい空気が、ひょうっとケフカの頬を撫でる。
覗き込む。暗い。あの頃のまま、闇だ。
父は確かそのまま入って行った。
ケフカはそっと、まるで父にお説教されに入るかのようにそっと、部屋へと踏みこんだ。
そのまま暗い。焦って入り口近くの壁を探った。顔に、太い糸を縒り合わせた紐が「ぶっ」当たる。
・・・・・・これしかない。先も見えない・・・・・・しょうがない。
思いきって引くと引きつったケフカの目に一斉に光が飛び込んできた。
ランプだ。昔の仕掛けで手入れだってしていないのにと感心する、も束の間。
ケフカは部屋の中、入口正面の壁を見て息を飲んだままたち尽くすはめになった。
小さな、ホントの小部屋だった。まるで遺跡にあるかのような磨き上げられた石積みの壁が、灰色に輝いている。
隅に、古びた年代を感じさせる質素な机と椅子。壁にかかる複雑な文様の絵。天井には、四角い穴が黒い口を開いている。
先は闇に飲まれているが、おそらく酸欠を防ぐものだろう。
そして五基ののランプがゆらゆらと、入り口から侵入する新鮮な空気に揺れていた。
が。
部屋はなお真っ暗だった。
いや、何かをこの小部屋で燃やした、その大量の煤が壁にこびりついているものだった。
それは一所ではなく壁の四方に向かって勢い良く吹きつけてあるかのように見えた。
長い年月を経たに相応しく黴臭いのはいいとして、少し違う、変な焦げ臭さが残っているとは・・・・・・
不思議な事に、このことが起こった後誰かが侵入した形跡はない(埃が積もっていた。)のに燃え滓がなかった。
これだけの煤をこびりつかせるには、凄まじい勢いの火力で大量のものを燃さねばならない。
なのに、何処にも、ない。
部屋の隅を抜け、なるべく煤を踏まないように注意を払いながら、机に近づいた。
一番上の小さな引出しが開いており、黒い鉄の小箱があった。それは蓋を開いて中にたたんである紙の束を見せているかのようだった。
ちがう、紙は無造作に開いてあるだけだ。慎重に、セピア色に乾いた紙を取り上げる。
積もった埃を軽く払いのけると、下から見慣れていたが新しきものはもはやみれぬ、紛れもない父の筆跡が現れた。
――手紙?日記?
日付が書いてあるらしいのだが、埃がこびりついて良く読めない。
ふと、更に小箱の中になにかが入っているのに気がついた。そっと取り出す。
――ネックレスだ。三つ。その内二つは対になっているようだ。対になっていないほうは、見覚えがあった。そっと胸のあたりを押さえる。
虹色、いや、それはこの世にありえる全ての色を封じているような、不思議な色に光っている宝石をあしらってある小さな指輪を銀の鎖に通したネックレスが、今そこにかけてある。
父と母が誕生日の贈り物としてくれた宝飾品だった。ランプの和らかな光を受けて、いまはオレンジ色に光っていた。
もう1度、紙に目を戻した。今度はきちんと埃を払った。それでもインクの褪色はひどく、擦れていた。
と、ちょっとケフカの顔がほころぶ。
他のものには、この文字はただの模様にしか見えないのだろうな。
父は妙な癖があった。
鏡文字・・・・・・上下左右、逆さに文字を書くのだ。
「なんで?」昔ケフカは訊いた事がある。父は困ったように苦笑しながら「他人の目を欺くためだよ」と指を立てて横に振りながら答えた。
「なんで『あざむく』の?」
なんだか胸がもやもやしてそわそわしたので重ねて訊ねると、急に真面目な顔になり視線をケフカの瞳にじっと合わせて、一言一言、彼の愛息に語りかけた。
「あざむく、と言ったのは悪かった。あざむくというのは、悪い言葉だ。他人の人を信用できない人が使う言葉だ。
お父さんがこんな字を書くのは、心があまり良くない方に向いてるようになってる時なんだ。
・・・・・・ケフカ、もし父さんの書いたものでこれが使ってあるのを見つけたなら、どうか読まないでおくれ。
黒い闇がおまえを閉じ込めてしまうかもしれない。
そんなの、いやだろう?」
こっくり「はい」と、ケフカはうなづいた。ちょっぴり戸惑いながら。
「だったら、お父さんと約束しよう。この文字を使っているものは絶対に読まないと」
ケフカのその時にはもう胸に光っていたあのペンダントに指を置いて。
「さあ、これに誓って」
妙に寂しげな父の笑顔に不安を覚えながら、もう1度ぐっとペンダントを握り締めて「はい」と返事をした。
その文章を目の前にしておそらくその時の父と同じ表情をしている自分に、思わず笑ってしまったのだ。
自分は父母にとって、かなり遅い年の子どもだった。
だからといって特別可愛がられた記憶はない。だからといって、冷たく放置された覚えもない。
研究所暮らしで感覚が麻痺したかと思っていたが、過去の想い出は堰を切ったように溢れかえり、混乱するほどにとめどなく、頭の中を過ぎっていく。
なぜか、今浮かび上がる父と母の顔は、哀しげだ。
夜中だ。闇のなかに明かりが一筋射し込み、それが大きくなって、また影が射す。
眠っていたケフカは子どものあどけない抗議の寝ぼけ声を上げながら、寝返りを打つ。
影はケフカの顔を覗き込み、一言も発さずに、またそっと部屋を出る。
ちらと薄目を開けたケフカの見た、母の泣き腫らした顔、肩を抱く父。
今更、今まで忘れていた記憶のくせに、何故思い出すのか、何故そんなに今両親がいとおしいのか、わからなかった。
遠い国の物語をメイドから聞いた。あんまり面白いからまろびながら母に急いで教えにいった。
彼と同じ黄金の糸のような髪の毛を高く結い上げている最中だったのに、辛抱強く最後まで聞いてくれた。
その母の嬉しそうなくちびるの揺らぎ。髪の毛が白い首筋にきらめきたって、一層その顔を儚げに見せていた。
胸が詰まる。息が出来なくなってしまいそうな、追憶の日々。何故、なぜ、こんなに思い出す。
「なんで思い出すんだ・・・今になって・・・」
思わず声に出して言ってしまった、その時。
「思い出しましたか?」
不意に、後ろから声をかけられた。いやに聞き覚えのある、それでいて、あまり聞きたくない、嫌悪感をもよおす、声。
叱責するつもりで、振りかえった。
長身の、ひょろりとのびたシルエット―――
テュルクだった。
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